フリー編集者の人生を見つめる日誌

〜生きることってどんなこと〜

老人と労働と、町中華と配達員と集金係

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70も80も過ぎた、いわゆる後期高齢者と呼ばれる人たちが、仕事をしている姿を見るのがつらい。私が見るのがつらいので、辞めてください、とは言えない。なぜなら彼らには、生活がかかっているからだ。私も仕事をする理由は、好きだからというのもあるけれど、やはり生活がかかっているから。それと同じだ。

 

今日、郵便局に再配達を頼んでいたものがあった。午前中に指定して、家で待っていたのに、なぜだかまた不在票が入っていた。うちのチャイムの音が小さいから、私が聞こえなかったのかもしれない。「ヤマトみたいに電話かけてくれればいいじゃん」と少しムッとしたけれど、郵便配達をしている人が軒並み疲れた男性なのを知っていたので、きっと事情があるんだろう、とも思った。また再配達の予約をして、ドアの前に手紙を貼った。

「何度も配達ありがとうございます。家にいたのですが、チャイムに気がつかなかったのかもしれません。もし出ない場合は、電話をかけていただくか、荷物はドアの前に置いていってください」

けれども、今回はその心配がなく、ちゃんとチャイムが聞こえた。ドアを開けると、ものすごく小さい、歳を取った、真っ白の髪の、おじいさんが、俯いて箱を渡してくれた。うちはエレベーターがないから、4階まで階段だ。しかも頼んだのは陶器(といっても1つなので2kgくらいかな)。私はいたたまれなくなった。きっと、手紙、見えないだろうなと思った。おじいさんは全然前なんて見てなかったから。私とは目も合わなかった。

 

また先日、いつも通り過ぎるだけだけど、気になっていた中華屋にサクッと入ることにした。平日の11:45くらいで、お昼時。ドアを開けると、そこだけ昭和で止まってしまったかのような店内。推定80代前半のおじいさんと、おそらく妻であろうおばあさん(同じ年くらいに見える)、そして多分息子(きっと50代)が、みんな『渡る世間は鬼ばかり』みたいな割烹着に身を包んで、天井近くにあるテレビを見上げていた。私が入ると、さっと腰を上げて、全員で厨房に入る。厨房を囲うようにしてぐるりとカウンターと、そして小さなテーブルと椅子が3セットくらいあった気がする。

どの料理も安くて、ラーメンなんて450円くらい。私はなるべく高いものを頼みたくなった。それで、五目ワンタン麺700円を頼んだ。それでも700円。80過ぎのおじいさんが、一生懸命中華鍋を振る。3人は誰もしゃべらないけれど、役割が決まっていて、誰もが次になにをするかを知っていた。木造で、とても古いお店。けれども、厨房はどこもピカピカに磨き上げられていた。調味料入れも全部ピカピカだった。

私にラーメンをサーブすると、またおじいさんとおばあさんは同じ席に戻って、テレビを見ていた。お客はまだ私だけ。ようやく食べ終わる頃に、ひとり入ってきた。食べながら、この店は、きっとすごく繁盛していた時があったんだろうな、と思った。そして、きっとおじいさんとおばあさんが亡くなったら、もうお店をたたむんだろうな、とも思った。

 

私は、実家が衰退する自営業で、父が職人だったからか、こういう姿を見るのがとても耐えられない。職人は生きていけないし、小さなお店は潰れるしかない。アマゾン、楽天、イオン、みんな大きな資本に食われてなくなっていく。私もアマゾンも使うし楽天も使う、だから偉そうなことは言えない。(それにアマゾンに友達がいるし、友達は好きだ)。けど、最近はなるべく、時間に余裕があるときは、応援している小さい書店やお店にちゃんと行って、そこで買うようにしている。日本中がチェーン店になって、日本中ましてや世界中が同じ風景になって、それって何が楽しいんだろう。

 

それから、うちにはテレビがないので、新聞を取っている。新聞の集金に来るのもおじいさんだ。やっぱり「はあ、はあ」と息を切らして登ってくる。悲しくなる(あとエレベーターなくてごめん)。どうして、こんな国になったんだろう。「若い時に年金積んでなかったんだろう」とかって言うんだろうか。そもそも国民年金(自営業)と厚生年金(会社員)では全くもらえる金額もカバーしてもらえる内容も違う。だから私は、うんと小さい頃から、母に「うちは国民年金で大変になるんだから、絶対に会社員になりなさい」と言われていた。それなのに23歳からずっとフリーランスだ(笑)。人間は思った通りには育たない。

 

あーもうやだな。おじいさんたちが大変なのを見るのが嫌だ。前も足場の現場で、屋根から落ちたおじいさんを見かけて、救急車を呼んだ。おじいさんは腕が折れていたし、失禁していた。私は震えていたけれど、おじいさんの意識はあった。

先日の新聞にも書いてあったけど、過労死のほとんどはやっぱり高齢者が占めるらしい。

www.tokyo-np.co.jp

私は、こんな国で、老人になって、死ぬまで働いていたくない。福祉が整った国の国民になりたい。だから高い税金を毎年納めてるんだ。一体全体、国は何を考えているの?

ハナビラタケとかいうきのこ

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ハナビラタケというきのこ、知ってますか。

ここのところハマってます。東京都民のつよおい味方、スーパーオオゼキにね、最近この子が売っているんですよ。私は実はあんまり好きな野菜がないので、あるけれど大変偏っているので、代わりにきのこをたくさん食べます。きのこはタイ語で「ヘッ」と言います(いらん情報)。

まいたけとかヒラタケとかしめじとかえのきとかしいたけとか、とにかくありとあらゆるきのこが好きだ。きのこはいつも何種類も買ってしまう。そして最近仲間入りしたのが、このハナビラタケとかゆーかわいい(?)子。確かに花びらみたいなフリルが特徴的。そして真っ白。可憐なきのこである。

なんでそんなにこのきのこにハマっているかと言うと、煮てもコリコリだから! 食感はコリコリとかシャクシャクとかそんな感じで、ゼラチンというかゼリー固い版というか。長時間煮てもね、同じ食感なんですよ。すごいでしょう。煮物って、だいたいどれもクタクタするじゃないですか、そこにハナビラタケがいるとね、食感に奥行きが生まれちゃうというやつなんです。

ほら、右の方にいるわよ。

きのこってだいたい栄養価高いとかなんとか言われますけど、この子も御多分にもれず、β-グルカンとやらが豊富なんだって。ガン抑制効果があるとかないとか。まぁ健康のことは置いておいても、すごいおいしいから、スーパーで見かけたらぜひお試しあれ。

今日はね、やっぱり家にいて仕事をしていたよ。午後、少しだけ太陽が出てきたから、週末に使った寝袋とエアマットを天日干しするなどした。それから、16時頃、思い立ってスクワットを20回やった。最近、毎日スクワットをしている。夏に高い山に登りたいのだけれど、太ももの筋肉がつりがちなので、ささやかに鍛えて(?)いる。そして参考にしたのがこちら。

youtu.be

なかやま先生の説得力。正しいスクワット、学びました。ムキムキの太ももになって、2000mの山を制覇するぞー。はい。そんな感じで今日も終わりです。申し訳ないくらい平和なんです。ありがとう、ありがとう。





ミントの花

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今日は、ミントの生命力のすごさについて書こうと思っていたら、2018年にも「ミントの香り」という日記をしたためていた。

mih0o0o0.hatenablog.com

ミント、そんなに好きだったんだろうか。そしてこの↑日記の内容は、まったくミントが関係なかった。

まあいいや、今日もおうちでシコシコ仕事をしていたんですが、家にずっといるのも疲れるので、だいたい仕事がひと段落したり、急ぎの案件がなかったりすると、ちょいとスーパーに行ったり、お花屋さんに行ったり、ケーキ屋さんに行ったりするんです。それが私の日常。(う〜んThat's 平和)

お花は必ずおうちにあるようにしていて、近所のお気に入りのお花やさんか、JAのマーケットで買っています。ミントの葉は、以前お花屋さんで買った「今日のおすすめブーケ」に入っていた。

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最初は正直、紫蘇(しそ)?とも思った。花が咲いているのだけど、紫蘇の花に似ていたんです。調べてみたら、ミントはシソ科なんだってよ。な〜んだ、親戚なのね。

お花はものにもよりますけど、大体1週間ではくたびれてしまいますから、このときもさあ捨てましょうね〜とやっていると、まあびっくり。ミントの枝から根っこが生えてたんですよ。

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確かに全然くたばってないし。さすがに元気いっぱいの子を捨てるわけにはいかないので、育てることにした。ら、水でかなり生きるということがわかった。このままだと長生きはしなさそうなので、どこかのタイミングで土に植えてあげようと思っているのだけれど、水だけでもこんなに力強く生きるミントに惚れた。

それから今日はオオゼキで買い物をして、帰りにケーキ屋さんに寄って、柑橘のタルトを買いました。

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ぼくはタルトが好きだ。しっとりとした底が好き。お酒を飲まなくなってから(と言いつつ飲もうとすると飲める)、甘いものが好きになった。ごはんはもっぱら和食派ですが、スイーツはおフランスラヴァー(うざい)。シュークリームとカヌレとティラミス(これはイタリア)とタルトが好きだ!豆大福(これはジャパン)も好きだ!

明日も打ち合わせと会議と原稿書き。きっと明後日もそう。毎日がこんな。でもさ、会社いかなくていいんだもん。それに好きな仕事をやっているんだもん。しあわせものです。

映画『トップガン マーヴェリック』はおじさんの背中を押す超ムネアツ映画だった

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仕事終わり、10年来の仲であるイチローさんに映画に誘われ、『トップガン マーヴェリック』(トップガン2)を観に行ってきた。

トップガン』は日本では86年に公開された映画で、当時は大変な人気だったらしいが、恥ずかしながら私は今まで観たことがなかった。トム・クルーズとMA-1とエアフォースね〜となんとなく思っていたくらい(しかもエアフォースじゃなくてネイビーだったし)。今作も主演はトム・クルーズ(なんと59歳)で、同じ役を務めるそう。全くの前情報なしで、とりあえず新宿ピカデリーに滑り込みセーフ。そして映画が始まった。

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中盤から最後にかけてのアクションシーン(飛行シーン)など手に汗握るものだったし、ジェットコースター気分で、「わーとっても楽しかったねえ!」と思って、最後のエンドロールまで見切って、横にいるイチローさん(46歳・編集者)に、「どうだった?」とさっそく聞いてみた。するとイチローさんは、「最初のパラマウント・ピクチャーズ(制作会社のロゴ)が出たところから涙が止まらなかった」とのこと。映画館を出てからも「いやーすごい」「最高傑作」「わー」とか言っているので、居酒屋でじっくり話すことにした。

イチローさんが全おじさんを代表していろいろ教えてくれた。まず、この映画で描かれているのは、80年代に少年または青年だったおじさんが、いまの社会で直面している葛藤そのものなんだそう。

あ、ここからネタバレは含まないけれど、全く知りたくない人は見ないでくださいませ。

つまりトム・クルーズ(以下マーヴェリック)は、しがないおっさんのひとりに過ぎないんだと。勤続30年以上で出世もせず、過去の栄光はとうにどこかへ葬り去られ、若い世代の連中はそんなマーヴェリックに取り合ってさえくれない。出世コースを外れたおじさんは、会社でただのお荷物になっていき、自分はもう無理かもしれない、挽回がきかないかもしれないと気がつき始めるんだと。ふむふむ。

だけれども、あるヤケクソ事件をきっかけに、少しずつ若者たちの信頼を得ていくんですね。一方で、離婚、友人の死、壮年の恋などもしっかり描かれる。「いくら歳とっても、恋だってしたいんだよ、おじさんはぁ」とイチローさん。へ〜。あと、ITに弱い(またはついていけない)おじさんが、技術で若い連中を負かすようなシーンが出てくるんですけれどね、なんだか熟練の職人が、ロボットなんかに負けてたまるかい!というような感じに確かに思えたんですよ。マーヴェリックは生粋の職人なんだよね、多分。

自分の人生はもう先細りなんじゃないか、若い人にはもう叶わないんじゃないか、とどこかで感じ始めるおじさんたちにとって、「まだいける、俺らまだ戦えるぞ!」と励ましてくれる最高のヒーリングドラマらしい。めっちゃ深かった。

タイのともだち

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昨日はとっても楽しかった。夕方過ぎくらいまで仕事して、そのあと、タイで出会ったフォトグラファーのTOKOさんの展示を見に、表参道へ出掛けた。誘ってくれたうっしーさんとかおりさんともタイで出会って、2人とももう日本に帰ってきている。かおりさんは関西から東京に遊びにきてくれていて、久しぶりに会えるのがうれしかった。

TOKOさんがカリフォルニアとメキシコで撮影してきたという素敵な写真を見てから、うっしーさんかおりさんとごはんを食べに表参道駅近のバルに向かった。夜の南青山と表参道を歩くのはいつぶりだろう。23、4歳くらいのとき、ファッションの友達も多かったし、よくあのへんで遊んでたけど、ずいぶん都会な場所だったんだなあと思った。すんごいクリーンで、歩いている人もみんなお金持ちそうで、街全体がなんだかキラキラ輝いていた……。

バルでは軽く1杯とつまんだだけで、渋谷のセンター街(!)に火鍋を食べに行くことにした。夜の渋谷も超久しぶりである。渋谷こそ、私の20代前半すべてが詰まってるというか(大げさ)、ほぼ渋谷にいた。渋谷で起きて渋谷で寝てた。むしろ渋谷で何してたんだろう。そんなに遊ぶところあったのかなあといま思うと不思議であるが、当時の私にとって渋谷は大変楽しい街であった。そんな渋谷。ちなみに私がよく遊んでいた渋谷は、百軒店か道玄坂というところ。あのへんをふらふらさまよっていた気がする(文字通り、お酒で記憶がないままさまよったりしていた)。久しぶりのセンター街は、結構ごみごみしていて、酔っ払って道で寝ている人とか、騒いでいる若者たちもいて、少しは人が戻ってきたのかなあと思った。うれしい限りである。

そしていつの間にか渋谷を卒業した私は、井の頭線に乗っておうちへと帰る。かおりさんが泊まってくれるというので、夜話し相手がいて楽しかった。まだお姉ちゃんたちと寝てたころは、電気を消して真っ暗な中、どちらかが眠くなるまで話した。かおりさんと暗闇で話しながらそんなことを思いだした。

そしてかおりさんからは、変なことをいっぱい教えてもらった。ホラー漫画と、南米の新興宗教、ナチュラルな儀式、日本の変な神様、映画と音楽、たぬきの魅力などなど。朝起きてからコーヒーを飲みながらそんな話をたくさん聞いて(ちなみに真面目に話している)、すごくおもしろかった(笑)。私は実家へ帰るので一緒に新宿に向かい、そこでバイバイした。いま、バスの中でこれを書いてる。

 

タイではたくさん友達ができた。日本人の友達も、タイ人の友達も、それ以外の国の友達も。日本人の友達は、タイに残っている人もいるし、日本に帰ってきた人もいる。出会ってから何年か経つけれど、ゆるやかに繋がっていて、タイミングを見て会えることがうれしい。

私は友達をつくることがそんなに上手じゃない(と思っている)けれど、なんでかタイでは自然とみんなと友達になれたし、全然無理せずに一緒にいられた。自分が一番まともな感じで、みんなのほうが少し狂っているというのが(失礼)居心地が良かったのかもしれない(笑)。相変わらずみんな少し変でおもしろかった。

zineをつくるのは楽しい

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最近zineをつくるのにハマっています。昔で言う同人誌ってやつでしょうか。つまり自分の好き勝手が詰まった冊子のことです。

出版業界にいて、普段から入稿もしてるし印刷所ともやりとりしているのに、なんでか自分ではzineなんて作れるわけがないと決め込んでいた。プロが分業するもんだと思いすぎて、まさか自分ひとりでなんてできない!とかって思っちゃってたんだろうか。あとは単純にやる気がなかったのだと思う。

だがしかし、一念発起して、おれはやってやるぞ!と言う気持ちになった。今年の3月から4月にかけて、1ヵ月とちょっとタイに滞在していたのだけれど、ただ行って帰ってくるだけではもったいない気がしていて、何か形に残したいと思ったのがきっかけだった。しかも帰国後には「タイポップカルチャーマーケット」というイベントのお誘いがあって、そこで売らせていただくんじゃ!となり、なんだか大ごとに(自分的には)なった。けれども、zineの出来としては恥ずかしい、ただそれだけ。でもほしいと言ってくれたり、買ってくれた皆さんありがとう。

アドビのインデザインというものを使い、テキストを入れ、写真を配置し、ページのレイアウトを考え、というのは非常に楽しい作業だった。そしてエディトリアルデザイナーの方々を骨の奥から尊敬した。

そんなわけでできたタイの日記でしたが、興奮冷めやらぬうちに、「もう1冊つくるんじゃ!」となぜかなり、いままでてきとうなところに書き留めておいた詩と2013年頃から撮り続けているフィルムの写真を組み合わせて小さなzineをつくることにした。(完全なる自己満マスターベーションブック)

それが今日届いたのです。

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大体32ページくらいなんだけど、読んでみると、詩より写真の方がいいと思っちゃった(笑)。

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だいたい私の詩を読んでみたいなんて人はそうそういないであろう。25冊も刷っちゃったよ……。まあいいか。大人の遊びなのだ。

ちなみにこちらから買えます(しっかり宣伝)。

yumstore.official.ec

 

もしこれからzineをつくりたいなーと考えている方に、もう少し役立つ情報をシェアして締めようと思います(何)。

私が最初に頼んだのはここ:

レトロ印刷

jam-p.com

リソグラフっていう昔ながらの印刷方法で刷れて、とっても粋な印刷ができます。いま世界的にも人気だよね、シルクスクリーン的プリント。ちょっとお高いのだが、一生に一度のzineだ!とかって思えば、お金かけていいもの作ってもいいかなって(私は思った)。冊子以外でも、ポストカードとかいろいろできるみたいだしいいよね。

 

次に(今回)オーダーしたのはこちら:

プリンパ

www.prinpa.net

カラー写真を印刷したいと思ったので、次はデジタルがいいな〜と思い、かつ少しこだわりのあるところがいいなと思って見つけた。ちょっと驚いたのが鹿児島の会社だったこと。だから鹿児島から送られてきた(当たり前)。そんな遠いところで刷ったものが届くだなんていい時代だな〜って思っちゃった(?)。こちらも丁寧だしわかりやすかった! 入稿の仕方はレトロ印刷より簡単。

 

はい、以上です。今日はいつも通りずっとデスクに向かって仕事をしていたよ。夕方過ぎ、ひと段落ついたので、お散歩がてらリサイクルショップに行って椅子を物色するなどした。それからケーキ屋さんでタルトを買って、夜はオクラのチャーハンをつくって食べた。ピートと少し話して、いまこれを書いている。さて、お風呂に入ろう。明日は大阪からかおりさんがやってくる。タイの友人たちと集う日だ。楽しみ楽しみ!

鼻血と韓国ドラマ『二十五、二十一』

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昨晩、鼻をかんだら大量の鼻血が出た。ここ数年まれに見る大出血で、サーっとなった。「サー」とは青ざめるときに使うオノマトペだ(個人的に)。福原愛ちゃんが卓球でポイントを入れたときの「サー!」ではない。

実は秋から毎日鼻血が出続けていたのだけれど、その部分が腫瘍になり、数週間前に大学病院で取ってもらった。ぶよぶよとした肉の塊。ホルマリン漬けよろしく液体の中に入れられて、そいつは試験所へと送られていった。そんなわけで、おそらく傷口の瘡蓋が取れてしまったんだと思う。あまりにもドバドバ出るものだから、「鼻血 止まらない 大量」で調べたけれど、どうやら鼻血の大量出血で死ぬ人はいないらしい。ので安心した。

人間はショックなことがあると一気に血圧が下がるらしい。その音がもしかしたら「サー」なのかもしれない(しつこい)。とにかく皆さん、健康が第一ですよ。

 

夜は楽しみに、とても楽しみにしていた、韓国ドラマ『二十五、二十一』の最終回を見ることに決めていた。ちなみにネットフリックスで配信されていて、ドラマ自体はすでに完結している。

youtu.be

90年代後半から2000年代前半にかけて、高校生や大学生だった若者たちを描く青春ドラマ。まあその時代をね、振り返っていくんですけどね。私はその頃もっと小さかったけれど(おそらく小学生とか)、私の10近く離れた姉たちのドンピシャ世代だったので、日本ではあったけれど、だいたいのカルチャーは小さいながらも横目で見ていたと思う。

ポケベルとかねえ。ピッチ(PHS)とかねえ。そもそもがブラウン管だったよねえ。

あの頃はよかった!みたいな話ではなくて、あの頃、ああいう風に真正面から向き合えて、ほんとうによかったね、みたいな話です。あーもう泣いた、泣いた、僕は泣いた!

 

韓国ドラマにハマったのは、いわゆるコロナ禍で、あのブームに乗りました。そう、『愛の不時着』&『梨泰院クラス』(めちゃミーハー!はあはあ)。それで毎日泣きながら、こんなすごいのか、韓国ドラマ!!とズブズブと沼を泳ぎ始めて早2年。同期のみなさんごきげんよう。私が韓国ドラマが好きなのはね、好きなのは、男の人が泣くから(笑)。日本のドラマってあんまりわんわん男の人が泣かないじゃないですか。最後に1粒の涙がポロッくらい。渋い。私は、もう子どもみたいに泣いてほしかった。そういえば子どもみたいに泣いた議員いたね、野々村議員。あれはちょっとやだな、うん。

韓国ドラマって、恋愛とかだと男の人、普通に泣くんですよ。それがいいなって思ったの(えっ)。そんな目線で見てる人、他にもいるんだろうか、知りたい。

ちなみに、この二十五、二十一でも、もちろん泣いてくれるんですが、主演(男役)のナム・ジュヒョクさんは、ものすごく泣くのがうまいと思いました! すごく悲しそうに、すごく自然に泣くの。目を真っ赤にして。それを見て私も泣く。もうたくさん泣かせていただいて。真夜中2時、「ひーーーーーーん」と鳴いていたのは私です。ありがたいな、こんなに感情を露わにさせてくれて。感謝感謝。

 

そんなこんなで、本日は腫れたまぶたでお仕事しましたが、それもまたよきかな。今夜からまたなに観るか考えなきゃ。